現在の結婚は3回目の東国原英夫さん
そのまんま東として活躍していたこともある、東国原英夫さんは、タレントや芸人、政治家など様々な肩書を持っています。
結婚経験については再婚2回しており、現在の結婚は3回目だと言います。
かとうかず子さんとは、2回目の結婚相手です。
2人の間には、2人の子供にも恵まれましたが、離婚してしまいました。
2人の離婚の原因はなんなのでしょうか。
東国原英夫さんのプロフィール
別名義ではそのまんま東という名前で活動をしていたこともありましたが、現在は東国原英夫という名前で活動をしています。
デビューは1982年。
そのまんま日歌詞として芸能界を盛り上げていましたが、2007年に恩師であるビートたけしさんの許しを得て、宮崎県知事に立候補し当選、この時から本名に改めて政治家として活動を始めます。
2011年に宮崎県知事を、任期終了に伴い辞職。
その3か月後に都知事選に立候補しますが、当時の意思から都知事に圧倒的な差をつけられ、落選しました。
2012年の衆議院総選挙に日本維新の会から出馬して当選したのですが、2013年には党の変容を指摘し、それが受け入れられなかったことから離脱し、銀辞職も同時に行っています。
現在では、名前は本名のまま、れて美などに多数出演しています。
かとうかず子さんのプロフィール
1980年代を代表するトレンド女優としても人気があったかとうかず子さん。
デビューは1979年、つかこうへいの「広島に原爆を落とす日」で本格デビューを果たします。
1980年に、TBSのポーラテレビ小説「マリーの桜」のヒロインに抜擢されます。
その翌年の1981年には、80年代の時代風俗を鋭く風刺した田中康夫の小説を映画化した「なんとなく、クリスタル」の主人公の役を射止めます。
当時のいとうかず子さんは、トレンド女優として若者たちに大人気だったのです。
東国原英夫&かとうかず子さん夫婦の結婚時期・生活・子供は?
東国原英夫&かとうかず子さんの結婚は東国原さんの2回目の結婚でした。
フリーアナウンサーの片平夏貴と結婚して子供もいましたが、いとうかず子との交際が発覚し、これを原因に離婚しています。
その後2人は結婚し、一男一女をもうけ、夫婦円満に生活をしていました。
しかし、東国原さんの幾度かの浮気や、未成年女性との淫行問題、その謹慎中に早稲田大学に通っていたことも、けなげに一家の生活を支えていたのがかとうさんでした。
東国原英夫&かとうかず子さん夫婦の離婚原因は?
幾度とない浮気にもたえてきたかとうさんでしたが、離婚の引き金となったのは2006年、東国原さんが宮崎県知事選出馬を決意し、政治家を目指した時、ついに堪忍袋の緒が切れたと言います。
「私と宮崎どちらが大事なの?」と問われ、「宮崎!」と答えられたことが離婚をする最大のきっかけとなったようです。
一緒に政治進出という東国原さんの夢にはついていけなかったという思いから離婚を決意するかとうさん。
離婚をして、親権はかとうさんがもちました。
東国原英夫&かとうかず子さん夫婦の結婚・離婚情報まとめ。
離婚後、かとうさんは2人の子供を育てるため、多くの仕事に励み、すっかりとオバサン体型になってしまいましたが、これが良かったのか、今ではいろいろなお仕事が回ってくるようです。
子供も2人とも、もうすぐ独り立ちです。
東国原さんはというと、かとうさんとの復縁も考えていたと言いますが、現在は3度目の結婚を発表し、20歳年下の一般女性と2度目の再婚をしました。
それぞれに道は違いますが、2人のこれからの活躍が楽しみですね。
東国原さんに3度目の離婚がないことを願っています。